RAS閉鎖循環式とは何か

RASとはRecirculating Aquaculture Systemの略で、日本語では「閉鎖循環式陸上養殖システム」と訳されます。その本質は、養殖水槽から出た水を排出せずに、ろ過・殺菌・酸素供給などの処理を施して水質を回復させ、再び水槽へ戻して繰り返し使う点にあります。理論上は一日あたりの新規補給水を全水量の数%程度に抑えることができ、水資源が限られた内陸部や、海水を取水しにくい立地でも大規模な養殖を可能にします。

従来の養殖では、河川水や海水を水槽に流し込み、そのまま排出する「かけ流し式」が一般的でした。これに対しRAS閉鎖循環式は、水を「使い捨てる」のではなく「循環させ再生する」という発想の転換により、水温・水質・病原体の侵入を人為的に制御できるようになりました。これが、季節や天候に左右されない計画生産と、寄生虫・赤潮などの外部リスクの遮断という、陸上養殖ならではの価値を生み出しています。

この「水を再生し続ける」という発想は、言い換えれば養殖という営みを、自然任せの一次産業から、水質を管理し設備を制御する装置産業へと近づけるものです。海面養殖が海という巨大で無償の自然環境に依存するのに対し、RASでは水槽の中に人工的に「小さな海」をつくり出し、その環境を24時間コントロールし続けます。だからこそ、外部の気候変動や海洋環境の悪化に左右されずに安定生産できるという強みが生まれる一方で、その人工環境を維持するためのエネルギーと技術という代償を支払うことになります。RASの仕組みを理解することは、陸上養殖という産業が持つ強みと弱みの根源を理解することにほかなりません。

かけ流し式・半循環式との違い

陸上養殖の給水方式は、水の再利用率によって大きく3つに分類されます。それぞれ初期投資・運転コスト・立地条件・環境負荷のバランスが異なり、対象魚種や事業規模に応じて選択されます。

表1:陸上養殖の給水方式の比較(一般的な特徴を整理)
方式 水の再利用率 初期投資 立地条件 特徴
かけ流し式 ほぼ0%(使い捨て) 小さい 豊富な取水源が必須 設備が単純だが大量の水と排水処理が必要
半循環式 50〜90%程度 中程度 一定の取水源が必要 循環とかけ流しの折衷。運用が比較的容易
完全閉鎖循環式(RAS) 95%以上 大きい 内陸部でも可能 高度な水処理で環境を完全制御。技術難度が高い

再利用率が高いほど取水・排水の負担は小さくなり立地の自由度は増しますが、その分だけ水処理設備が高度化し、初期投資と運転管理の難度が上がります。大型のアトランティックサーモン養殖では完全閉鎖循環式(RAS)が主流となる一方、エビや一部の魚種では半循環式が選ばれることもあります。事業者は魚種の特性・立地・資本力を踏まえて最適な方式を選択します。

水処理の5工程

RAS閉鎖循環式の水処理は、複数の装置を組み合わせた一連の工程で成り立っています。水槽から出た飼育水は、以下の工程を順に通過し、再び水槽へと戻されます。この循環が24時間365日、休みなく続きます。

① 物理ろ過残餌・糞などの固形物をドラムフィルター等で除去
② 生物ろ過バイオフィルターの微生物が有害なアンモニアを分解
③ 脱気・殺菌二酸化炭素を除去し、UV・オゾンで病原体を殺菌
④ 酸素供給酸素発生装置で溶存酸素を補給
⑤ 温度調整ヒートポンプ等で魚種に最適な水温へ調整し水槽へ
図1:RAS閉鎖循環式の水処理工程(一般的なフローを模式化)

① 物理ろ過(固形物の除去)

最初の工程は、飼育水に含まれる残った餌や魚の糞といった固形物の除去です。目の細かいスクリーンを備えたドラムフィルターや沈殿槽が用いられ、後続の生物ろ過に負担をかけないよう、水を清澄化します。ここで除去された固形汚泥は、肥料原料などへの再利用が検討される場合もあります。

② 生物ろ過(アンモニアの分解)

RASの技術的な核心が、この生物ろ過です。魚は代謝によって強い毒性を持つアンモニアを排出しますが、これを放置すると水槽内の魚は短時間で死んでしまいます。バイオフィルター(生物ろ過槽)にはニトロソモナスやニトロバクターといった硝化細菌が定着しており、アンモニアを毒性の低い硝酸へと段階的に変換します。この微生物群を健全に保つことが、RAS運用の成否を分ける最重要ポイントです。

③ 脱気・殺菌

魚の呼吸によって水中に溜まる二酸化炭素は、脱気塔で空気と接触させて除去します。あわせて、紫外線(UV)殺菌装置やオゾンによって、水中の細菌・ウイルス・寄生虫を不活化し、閉鎖環境での病気の蔓延を防ぎます。

④ 酸素供給

高密度で魚を飼育するRASでは、自然の溶存酸素だけでは足りません。液体酸素や酸素発生装置(PSA方式など)を使って高濃度の酸素を水に溶け込ませ、魚が快適に呼吸できる環境を維持します。停電時の酸素供給の確保は、事業リスク管理上の最重要事項の一つです。

⑤ 温度調整

最後に、ヒートポンプや熱交換器で魚種に最適な水温へと調整します。アトランティックサーモンであれば12〜15℃前後の低水温が必要であり、この温度を通年で維持することが電力消費の大きな要因となります。工場排熱や再生可能エネルギーの活用によって、この温度調整のコストを下げる取り組みも各社で進められています。

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主要な設備構成

RASプラントは、養殖水槽そのものよりも、その周辺に配置される水処理設備群がシステムの価値を決定します。代表的な設備を整理すると次のようになります。

  • 養殖水槽:円形水槽が主流。水流を利用して糞や残餌を中央の排水口に集めやすく、魚の運動にも適しています。
  • ドラムフィルター:回転する円筒スクリーンで固形物を連続的に除去する物理ろ過装置。
  • バイオフィルター:ろ材の表面に硝化細菌を定着させ、アンモニアを分解する生物ろ過槽。ムービングベッド方式などがあります。
  • 脱気塔・CO2ストリッパー:水中の二酸化炭素を除去する装置。
  • UV/オゾン殺菌装置:病原体を不活化する殺菌設備。
  • 酸素供給装置:酸素発生機(PSA)または液体酸素タンクとオキシジェネーター。
  • ヒートポンプ・熱交換器:水温を魚種の最適域に保つ設備。
  • 監視制御システム:水温・溶存酸素・pH・アンモニア濃度などを常時計測し、異常を検知する頭脳部。

技術的な難所とリスク管理

RAS閉鎖循環式は魅力的な技術ですが、閉鎖系ゆえの独特な難しさを抱えています。事業者が特に注意を払うのが以下の点です。

硝化細菌の管理

生物ろ過を担う硝化細菌は、水温・pH・アンモニア負荷の急変に弱く、立ち上げには数週間から数か月を要します。魚の増加ペースとバイオフィルターの処理能力が釣り合わないと、アンモニアや亜硝酸が蓄積して大量斃死を招きます。安定した微生物群の維持は、RAS運用の熟練を要する領域です。

硫化水素の発生

汚泥が水槽やろ過槽の底に滞留すると、嫌気性の環境で猛毒の硫化水素が発生することがあります。ごく微量でも魚を短時間で全滅させる危険があり、海外の大型RAS施設でも斃死事故の原因として報告されています。汚泥の適切な排出と水流設計が重要となります。

停電・機器故障への備え

酸素供給やポンプが数十分停止するだけで、高密度飼育の水槽は危険な状態に陥ります。非常用発電機、酸素の緊急供給ライン、遠隔監視とアラート体制など、多重の安全装置が不可欠です。

ポイント:RASは「装置産業」であると同時に「微生物を扱う生き物相手の産業」でもあります。設備を導入すれば自動的に成果が出るわけではなく、水質と魚の状態を読み解く運用ノウハウの蓄積が、安定生産と収益性を左右します。技術と人材の両輪が問われる点が、陸上養殖ビジネスの本質的な難しさです。

技術の進化とパッケージ化

こうした難所を乗り越えるために、RAS技術そのものも進化を続けています。かつては個々の事業者が試行錯誤を重ねて水処理システムを組み上げていましたが、近年は設備メーカーやエンジニアリング企業が、水槽・ろ過・殺菌・酸素供給・制御をひとまとめにした「パッケージ型RAS」を提供するようになりました。これにより、養殖の専門知識が乏しい新規参入者でも、一定水準の設備を導入しやすくなっています。また、センサーやカメラで水質と魚の状態を常時監視し、異常の予兆を早期に検知するモニタリング技術も急速に発展しており、経験に頼っていた管理の一部を数値化・自動化する動きが進んでいます。設備の標準化と監視の高度化は、RASという難しい技術を「使いこなせる産業」へと押し上げる原動力となっています。

ただし、パッケージ化が進んでも、生き物を扱う以上、現場での観察と判断の重要性が消えるわけではありません。同じ設備を導入しても、水質のわずかな変化を読み取り、餌の量や水流を微調整できる運用力の差が、歩留まりと収益に明確な違いを生みます。技術の標準化が進むほど、むしろ「その設備をどう使いこなすか」という運用ノウハウが競争力の源泉となっていく——これがRASという技術の奥深さです。設備と人、装置と生き物の両方に目を配ることが、陸上養殖の技術を語るうえで欠かせない視点といえます。

RASの仕組みを一言でまとめれば、それは「自然が無償で行っている水の浄化と環境維持を、人間が装置とエネルギーによって代替する」技術です。その巧拙が、そのまま魚の健康と生産の安定、ひいては事業の収益に直結します。だからこそ、陸上養殖に関わるビジネスユニットにとって、このRASの基本原理を理解しておくことは、市場やプレイヤーの動向を読み解くうえでの土台となります。設備の性能、運用の熟練度、そしてトラブルへの備え——これらを総合した「水を制御する力」こそが、陸上養殖という産業の競争力の本質なのです。

これらの技術的課題は、対象とする魚種の選定とも密接に関わります。次のページでは、どのような魚種が陸上養殖に適しているのか、事業戦略の観点から報告します。コスト面についてはコスト構造と収益性もあわせてご覧ください。