陸上養殖市場が11倍へ拡大する背景
陸上養殖は、海に依存せず陸上に設けた水槽で魚介類を育てる生産方式です。近年、国内では参入が急速に広がり、市場調査各社は、RAS(閉鎖循環式陸上養殖システム)を中心とする国内陸上養殖市場が2030年に向けて約11倍へ拡大すると予測しています。本記事では、その成長を支える構造的な背景と、今後の展開を見通すうえで押さえておきたい論点を整理します。
拡大を続ける国内陸上養殖市場の現在地
国内の陸上養殖は、ここ数年で明確な拡大局面に入りました。陸上養殖の届出件数は2026年1月1日時点で808件に達し、2023年4月の届出制度開始以降、増加の一途をたどっています。2024年度の陸上養殖出荷数量は6,907トンとなり、生産規模の裏付けも着実に積み上がってきました。
注目すべきは、こうした数字が実証実験の延長ではなく、商業生産の裏付けとして積み上がっている点です。かつての陸上養殖は採算面の難しさから小規模な試験にとどまる例も多く見られました。しかし現在は、年間数千トン規模の出荷を計画する大型商業プラントが実際に稼働を始めており、業界は実証段階から商業段階へと明確に移行しつつあります。この構造的な変化こそが、市場拡大予測の確からしさを支える重要な要素です。
こうした足元の伸びを踏まえ、市場調査各社は国内市場が2030年に向けて約11倍へ拡大すると見込んでいます。これは単なる一過性のブームではなく、大型プラントの相次ぐ稼働、魚価の上昇、そして食料供給をめぐる社会的な要請が重なった結果として捉えるのが適切です。次の図は、現在を基準とした市場規模の拡大予測を模式的に示したものです。
市場拡大を支える3つの需要ドライバー
陸上養殖市場の拡大は、複数の要因が同時に働くことで生じています。ここでは、特に影響の大きい3つの需要ドライバーを整理します。
第一に、天然水産資源の減少です。世界的な漁獲量は頭打ちの傾向にあり、資源管理の強化も進むなかで、天然漁獲だけで増え続ける水産物需要を満たすことは難しくなっています。安定的に供給できる養殖の役割が相対的に高まっています。
第二に、世界的なサーモン需要の高まりです。サーモンは寿司や加工食品を通じて世界的に消費が伸びており、価格も上昇基調にあります。海面養殖に適した冷涼な海域は限られるため、海に依存せず内陸でも生産できる陸上養殖への期待が強まっています。
第三に、食料安全保障と輸入依存の低減という視点です。日本のサーモンは多くを輸入に頼ってきましたが、為替変動や国際物流の不確実性を背景に、国産化への関心が高まっています。陸上養殖は消費地の近くに立地しやすく、鮮度と安定供給の両面で優位性を持ちます。
これら3つのドライバーに加え、環境負荷の低減という社会的な要請も追い風となっています。閉鎖循環式は水を循環利用するため使用量を大きく抑えられ、養殖に伴う周辺環境への負荷も限定的です。ESG投資やサステナブルシーフードへの関心が高まるなかで、環境性能の高い生産方式として陸上養殖が評価される場面も増えています。複数の要因が相互に補強し合うことで、需要の裾野は着実に広がっているのです。
制度整備と参入企業の広がり
市場拡大の土台となったのが、制度の整備です。2023年4月に陸上養殖の届出制度が始まり、事業者の実態把握と適正な運営を促す枠組みが整いました。届出件数が808件まで積み上がった事実は、この制度整備が新規参入の受け皿として機能していることを示しています。
参入企業の顔ぶれも多様です。静岡県小山町でアトランティックサーモンを陸上養殖するProximar Seafood、千葉県富津市で商業プラントを稼働させるFRDジャパン、三重県津市で世界最大級の施設建設を進めるピュアサーモンジャパンなど、大型プロジェクトが相次いでいます。青森県深浦町の日本サーモンファームやニッスイ系の取り組みも生産量を伸ばしています。
特徴的なのは、水産会社にとどまらず、総合商社・食品メーカー・エンジニアリング企業など異業種からの参入が続いている点です。陸上養殖が、水産業の枠を超えた新たな成長領域として位置づけられつつあることがうかがえます。詳細は主要プレイヤーと参入動向のページでも整理しています。
異業種の参入は、資金力や技術、販路といった多様な経営資源を業界に呼び込むという意味を持ちます。エンジニアリング企業は設備の設計・建設ノウハウを、商社は国内外の販売網を、食品メーカーは加工・ブランド化の知見を持ち込みます。こうした強みの融合が、陸上養殖の事業化スピードを高めています。あわせて、地方に立地する大型施設は雇用を生み、地域経済の活性化に寄与する側面も期待されています。
2030年に向けた成長シナリオと留意点
2030年に向けた約11倍という予測は、大型プラントの本格稼働が牽引役になると考えられます。ピュアサーモンジャパンの三重県施設は2027年末頃からの出荷開始を目指しており、Proximar Seafoodも増産を計画しています。これらが計画どおり立ち上がれば、国産サーモンの供給量は大きく底上げされる見通しです。
供給量の増加は、これまで輸入に依存してきた国産サーモンの市場構図を変える可能性を秘めています。鮮度や安定供給を武器にした国産プレミアムが定着すれば、消費者の選択肢が広がるとともに、事業者にとっても付加価値の高い販売機会につながります。市場拡大の恩恵を確実に享受するには、供給力の増強と需要の育成をいかに両立させるかという視点が欠かせません。
一方で、成長の実現には乗り越えるべき課題も残ります。大規模RASは初期投資が数十億〜数百億円に及び、電力コストや飼育技術の難度も高いため、稼働後の黒字化は容易ではありません。市場が拡大するからといって、すべての事業が収益を確保できるわけではない点には留意が必要です。コスト構造の詳細はコスト構造と収益性のページで解説しています。
それでも、需要ドライバーの強さと制度・プレイヤーの厚みを踏まえれば、陸上養殖が中期的に存在感を高めていく方向性は明確です。市場規模の数字だけを追うのではなく、個々の事業が持続可能な収益モデルを築けるかどうかを見極めることが、この業界を正しく理解する鍵になります。当サイトでは、今後も市場の定点観測を続けてまいります。